このところ、DeNAのWeLQをはじめとしたネット上のサイトにおける著作権侵害が大量に問題視され、閉鎖に追い込まれる大手企業運営のサイトが相次いでいる。だが、紙の媒体でも大学入試の過去問集「赤本」で知られている世界思想社教学社(京都市)が、大量の問題集で英文において著作権者の了解を得ないまま無断で出版していたことが、同社HPの記載からわかった。後述のとおり、2006年以降には法が例外的に認める裁定制度を利用して、適法化を進めているが、文化庁データベースを見た限り「時効」が過ぎていない部分が相当に残っている。
(「著作権者の方を捜しています」とまるでペットの飼い主が迷子の動物を捜しているような書きぶりであるが、そもそも著作権者が分からないまま過去問集を出版する行為自体が、後述のとおりおかしい。)
実は同社は2005年にも、過去に無断で使用していた国内の著作物を多数、権利者らの要求によって削除したものの従来の使用について不法行為であるとして損害賠償請求を受けている。それらを契機に国語など、国内の著作権者に対しては了解が取られない文章は使用しないこととなっているが、「海外からはどうせ訴えられないだろう」とタカをくくっているのか知らないが元著作権者の了解を御構い無しに著作物を無断で利用していた。
(赤本より。自社の過去問集を勝手に複製されるのは嫌だというが、自社は勝手に複製した著作物を販売しているというのはどういう了見だろうか。)*
すなわち、原則として著作権法は第10条1号で「小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」などを例示列挙して著作物として保護して著作者への無断転載や頒布などを禁じている。もっとも、法は36条1項において試験問題の場合の特例を定めているが、これは時間的に、また秘密保持の観点などから事前に著作権者の了解をとっていては試験の目的を達成できないからとしている(中山信広『著作権法』 2007,P269−270など。ただし36条2項で営利目的の試験の時には、事後的な相当額の保障が必要)。
(赤本ウェブサイトには、元著作権者が「判明しなかったのでそのまま英文を掲載した」事例が丁寧にも列挙されている。)
ところが、試験問題を集めた過去問集は、試験の機密保持目的が認められないことなどから、法36条の例外には当たらず、事前に著作権者の了解が必要とされるというのが同書を含む一般的な見解である。そして著作権法119条では、著作権者に無断の複製・頒布について「十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」としているので、教学社の行なっているのは単なる犯罪行為の自白である。
そして、これが問題なのだが著作権侵害の問題集を学校や学習塾、その他の図書館で公衆の閲覧に供した(要は、普通に使わせた)場合、学校その他の人間も著作権法違反の刑事罰(と損害賠償請求)を受けることになり得る。したがって、教学社は(少なくとも一部の内容において)適法には使えない欠陥品の問題集を売っていたことになり、学校その他へ購入した額相当分の問題集代(のうち一部)を支払う必要が出てくる余地がある。
*試験で利用された著作物の過去問集への収録については、創作性が認められる時の試験問題自体の著作権者(例えば、文のどこを空欄にして適語補充させるかなど)だけでなく、元の著作権者(例えば村上春樹氏の小説が出題文であれば村上春樹氏)の承諾を得る必要がある。
実質的な考慮要素として、過去問集が市販されないとなると一部の受験生以外が過去にどういう問題が出たかを知ることができずに、試験で不利益を被るだとかいう論点はあるが、2005年の赤本訴訟に関するコメントで「過去問集の利益」として大屋雄裕氏(当時・名古屋大学法学部助教授。現在は慶應大学教授)が書いておられる通り、別にそれは過去問集の出版社がフリーライドして利益の出るビジネスをする免罪符とはならない。
また今回の新しい論点としては海外の著作物の場合、日本での販売が期待しにくいことから著作者への実質的な金銭的打撃が小さいという観点もあるが、それは「日本の漫画はどうせ外国で読まれないだろうから、勝手に海賊版を出版してもいいだろう」というのと同じで、やはり通らない理屈である。というか、言語の壁と、著作権法違反が現在はまだ親告罪であるので法的リスクが少ないのをいいことに利益を貪っている分タチが悪いとも評価できよう。
なお教学社が「著作権者を捜している」としているところの英文について、本当に相当な努力をしても著作者を見つけることができないのか、また高校入試など他の問題集でも類似の著作権侵害例があるのではないかという論点も筆者の職業的に気にかかっており、それらは次回(おそらく掲載はしばらく先)に譲る。
最後になるが、今の時点で教学社が著作権者不明の出題分リストとしてPDFファイルでアップしているもののリンク魚拓一覧は、以下のとおり。
http://web.archive.org/web/20161230072055/https://akahon.net/settlement/chosaku_20140516.pdf
http://web.archive.org/web/20161230072029/https://akahon.net/settlement/chosaku_20131002.pdf
http://web.archive.org/web/20161230072018/https://akahon.net/settlement/chosaku_20130626.pdf
http://web.archive.org/web/20161230072005/https://akahon.net/settlement/chosaku_20130502.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071954/https://akahon.net/settlement/chosaku_20130323.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071939/https://akahon.net/settlement/chosaku_20130222.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071927/https://akahon.net/settlement/chosaku_20130118.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071857/https://akahon.net/settlement/chosaku_20120515.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071845/https://akahon.net/settlement/chosaku_20120316.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071834/https://akahon.net/settlement/chosaku_20111227.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071820/https://akahon.net/settlement/chosaku_20110623.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071752/https://akahon.net/settlement/chosaku_20110317.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071739/https://akahon.net/settlement/chosaku_20100611.pdf
http://web.archive.org/web/20161230071726/https://akahon.net/settlement/chosaku_20100329.pdf
(*とてもたくさんの大学があるので、自分の出身校があるかどうかヒマのある向きは探してみられると良い)
12月31日追記:読者から、著作権法67条に基づく裁定手続を受けているので適法であるという旨の意見があった。ところが東京大学の例を引くと、前掲画像の通り大量の問題に関して著作者不明であったところ、2013年版の赤本(過去7カ年を収録)で裁定を得られているのは下記の通り一部にとどまっていた(*67条裁定に従って著作物を利用する場合には、同条2項でその旨を明示しなければならないことになっている)。
そもそも、法67条1項は「公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され、若しくは提示されている事実が明らかである著作物は、著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができない場合として政令で定める場合は、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して、その裁定に係る利用方法により利用することができる。」(太字部筆者)としている。
そして「公表」については著作権法18条は「著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。」として原著作権者を保護するところ、この公表の方法・時期については著作権者が決定する権利も含むとされる(前掲、中山信弘、375P)。
ここで、例えば二次著作権者の東京大学における運用ではいちおう、学内での「閲覧」のみ許可しているが(ただし、ウェブ上では著作権を理由に非公表)、二次著作権者である東京大学すら学内での閲覧に留めている英文を全国的に販売する行為は、原著作権者が持つ公表権への侵襲が大きいため、そもそも67条でいう「公表」の要件を満たしていたのか疑問が残る。
そして法30条の3は「著作権者の許諾を得て、又は第六十七条第一項、第六十八条第一項若しくは第六十九条の規定による裁定を受けて著作物を利用しようとする者は、これらの利用についての検討の過程(当該許諾を得、又は当該裁定を受ける過程を含む。)における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、当該著作物を利用することができる。」(太字部筆者)として、裁定待ちの期間においても利用できると定めているが、教学社においては京都大学の入試問題を1987年から使用しつつ、2013年版に収録された分で裁定が出ているのは2013年の京都大学赤本(文系)出版時点によれば、それ以前の7カ年分で2012年の英語大問Ⅲのみである。
(教学社ウェブサイトより)
これでは裁定待ちの際において30条の3がいう「検討の過程(当該許諾を得、又は当該裁定を受ける過程を含む。)における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において」という要件を満たさず、裁定待ちの利用として立法者の考えたと思われる最低限度のマナーを守らない運用を建前上しているだけで、30条の3に基づいた収録としては要件を満たしていると言えず、この点からも不適法だったと思われる。
なお、冒頭に戻ると大学の入試問題に関する裁定制度の利用に関しては2006年から非常に活発になり(文化庁裁定データベース参照)、2016年2月にも裁定制度一般の大幅な緩和が図られたが、別段それで過去において存在していた著作権侵害が適法なものとして「チャラ」となったわけではない。
最後に、12月12日時点で、教学社に対しては12月17日を期限としてメールで取材の申し込みをしたところ、12月30日までに何の音沙汰もなかったことも付言する。
【江藤貴紀】